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神戸地方裁判所 平成6年(行ウ)23号 判決

原告

長綱弘志

右訴訟代理人弁護士

原田紀敏

被告(甲事件)

芦屋郵便局長廣畑雅司

被告(乙事件)

右代表者法務大臣

中村正三郎

右両名指定代理人

塚原聡

木村訓受

野口成一

辰田肇

泉宏哉

久埜彰

西山大祐

小林邦宏

塩見芳隆

森則和

高橋誠司

上田千昭

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  (甲事件)

被告芦屋郵便局長が原告に対し、平成三年八月一四日付でした芦屋郵便局貯金課主任から同局集配課主任への配置換処分を取り消す。

二  (乙事件)

被告国は、原告に対し、金二九〇万九五八一円及びこれに対する平成六年八月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、同一郵便局内で貯金課主任から集配課主任への配置換処分をされた原告が、右処分は、原告の同意なしに、人事権を濫用してされたものであり、不当労働行為でもあるから違法であると主張して、任命権者である被告芦屋郵便局長に対して右処分の取消を求める(甲事件)とともに、被告国に対して右処分前後の給与差額相当額と慰謝料との合計額及びこれに対する乙事件訴状送達の翌日からの法定遅延損害金の賠償を求めた(乙事件)事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、昭和二六年生まれで、昭和四九年四月に郵政事務官として採用され、芦屋郵便局貯金課勤務を命ぜられ、以後平成三年までの約一七年間、同課外務職員として貯金外務業務に従事してきた。

2  被告芦屋郵便局長は、平成三年八月一四日付けで、原告を同局貯金課主任から同局集配課主任へ配置換する処分(以下「本件処分」という。)をした。

3  原告は、本件処分を不服として、平成三年一二月二日付で人事院に審査請求を申し立てたが、現在に至るまで人事院による裁決はされていない。

二  主要な争点

1  本件処分は裁量権を濫用したものか

2  本件処分は不当労働行為に当たるか

3  本件処分による原告の損害の有無及び額

三  争点に関する原告の主張

1  争点1について

本件処分は、以下のとおり、当局の施策に批判的な原告を、本人の希望や同意を求めることなく、また、業務上の必要性・合理性も全く存しないのに、唯一「命令と服従」の強権的職場支配の確立という不当な動機・目的で、恣意的狙い打ち的みせしめ的にされたものであることが明らかであり、人事権を濫用してされた違法なものである。

(一) 本人の同意を得る労使慣行の存在

郵政事業には郵便事業、郵便貯金事業、簡易保険事業という業務内容、仕事内容の全く異なる三事業が併存しているところ、郵政職員は、入局時に郵便、貯金、保険のいずれかの内務又は外務に職種が限定されて採用され、本人の希望又は同意のある場合でなければ職種が変わる配置換をされることはないことが労使慣行として確立しており、現に、原告は、入局以来約一七年にわたり貯金外務に従事してきた。

(二) 当局による強権的職場支配と原告の抵抗

(1) 郵政当局は、国営事業としてのあまねく公平に国民に奉仕し国民の福祉を補完するという本来の使命を捨て去り、昭和六二年に「郵政事業活性化計画」(以下「活性化計画」という。)を発表し、民営的経営手法を導入して郵政事業の実質的民営化を図って大幅な利潤の獲得を目指し始め、経営基盤の強化、需要の拡大、マンパワーの高揚の三つの施策を採用した。

そして、特にマンパワーの高揚を施策の根幹と位置づけて、職場規律の強化、勤務時間管理の強化、業務指導の強化といった強権的労務政策を強行するようになり、例えば、夏の暑いときにもカッターシャツを着ろ、ネクタイを絞めろ、靴を履け等の業務命令や、勤務時間中に私語をするな、お茶を飲むな等の指導、注意処分をし、氏名札を着用しないとの理由で訓告処分が繰り返され、また、病休がたとえ一日でも診断書を要求し、出さなければ欠勤処理で賃金をカットし、超勤命令を拒否する具体的理由を告げなければ訓告処分や戒告処分をし、さらに、個人目標の提出やノルマの強要を行うなどし、そのため、平成二年度の郵政職場における被処分者数は公務員全体の被処分者数の八四%に当たる一〇一六名となるなどの異常な状況となった。また、強権的職場支配を確立する意図で、組合活動家や当局の強権的労務政策に批判的な労働者を狙い打ちし、従来の労使慣行を無視して、人事交流という名目の下に強制配転を強行するようになった。

(2) 原告は、入局直後に全逓信労働組合に加入し、全逓西阪神支部の分会長や執行委員等を歴任したり、部落解放研究会に所属したりして、労働条件の改善、労働者の人権の確立や職場の民主化のための活動を積極的に推進し、例えば、不当な競争を煽る当局の施策に反対して昭和五八年から外務員全員による軒並み訪問活動を実施させ、聴力障害者の雇用促進を働きかけて採用を実現させ、国籍条項による在日韓国・朝鮮人の採用制限を撤廃させ、業務上全く意味のない起立朝礼や氏名札の着用強制を断固として拒否するなどして、当局の強権的労務政策に一貫して抵抗してきた。

(三) 業務上の必要性の不存在

本件処分当時、芦屋郵便局長であった小森局長は、平成三年六月に芦屋郵便局長に赴任するや、同年七月には人事異動のための候補者選定を各課長に指示し、未だ同局の人事状況を十分に把握していない段階で人事異動を断行しようとしたものであり、人事交流や適材適所とは名ばかりのものであった。

人事交流といっても、集配・郵便部門と貯金・保険部門とは全く別種の業務内容で、相互にノウハウが生かせる要素は全くないのであり、被告らの主張する職員の士気高揚や職場の活性化という趣旨目的も、当該処分の理由を説明する等の方法により当の処分対象者に周知徹底させるというような手続は一切されていない。

そもそも貯金課外務が一名過員になったのは、従来は課内から総務主任への昇格を行っていたのをわざわざ他局から総務主任を転任させたためであり、同局集配課に一名欠員が生じたのは、同年八月一日であり、右小森局長の指示後にわざわざ集配課に欠員状態を作り出したものである。

(四) 原告の不利益の存在

原告が昭和六一、六二年の交通事故(公務災害)の後遺症で、長時間の立ち作業や歩行時に足の痛みを感じたり、足を曲げにくくなって歩行に不自由を覚え、時には左足を引きずりながら勤務していたこともあることは、当時の職員や貯金課長ら管理職にも周知の事実であった。集配業務は、中高年になって初めて経験する職場としては肉体的にも精神的にも過重な負担を強いるものであるところ、原告は、本件処分により業務量の重い集配第三班(平成五年には一町分を他班にまわした程である。)に配属され、立ち作業である区分作業や郵便物と単車の重量を左足一本で支えながら郵便受けに郵便物を入れていく配達作業等に従事するうちに、平成三年秋ころから左足付け根に痛みが走るようになり、平成四年四月には比較的配達が楽な他班へ配置換されて痛みも若干軽減していたが、同年七月には左足大腿骨頭に変形ありと診断されて鎮静剤を服用し、その後平成七年一月の阪神大震災後の過酷な配達環境等のためにまた左足の付け根に痛みを覚えるようになった。同年六月には大腿骨頭壊死の疑いありと診断されるも鎮静剤を服用しながら勤務を続けていたが、長期間にわたり不自由な左足をかばって集配業務を続けてきたために右足にも負担がかかり、平成一〇年初頭から右足股関節部にも痛みを覚えるようになり、同年三月には右足大腿骨頭部を摘出して人工関節に置換する手術を受け、現在は休業しながら通院と自宅療養で日常生活に戻るリハビリ等を続けており、就労不能の状態である。これらの本件処分後に原告の健康状態が一層悪化した経緯からみても、本件処分当時、原告の左足の状態が集配業務に耐え得る状況になかったことは明らかであり、本件処分は、原告の健康状態に著しい不利益を与えるものであった。

また、原告は、本件処分により、給与支給額の減少、超過勤務の増加等の不利益を受けることとなった。

2  争点2について

本件処分は、前記のとおり、当局の強権的労務施策に反対するなどの原告の正当な組合活動を嫌悪し、原告の所属する組合組織及び組合活動の弱体化を狙ってされたものであり、労働組合法七条一、三号の不当労働行為に該当する。

3  争点3について

原告は、違法な本件処分により、次のとおりの損害(計二九〇万九五八一円)を被った。

(一) 給与差額損

原告の超勤手当を除く給与は、本件処分前一年間は六〇九万一八一六円、本件処分後一年間は五四五万五二八九円で、一年間で六三万六五二七円の賃金ダウンとなっており、平成六年八月末までの三年間で計一九〇万九五八一円の損害を被っている。なお、原告は、本件処分により、一年に二〇〇時間近くもの超過勤務を余儀なくされたが、これに関する手当は給与増減の比較対象から除外すべきものである。

(二) 慰謝料

原告は、左足の状態が悪かったにもかかわらず、違法な本件処分により過酷な集配業務に従事したため、本件処分後、毎月の業務で甚大な精神的苦痛を被ったものであり、これを慰謝するには一〇〇万円を下らない。

四  争点に関する被告らの主張

1  争点1について

本件処分は、以下のとおり、被告芦屋郵便局長が、芦屋郵便局の業績向上と人事管理上の必要性や原告の経歴、健康状態等を総合勘案し、国家公務員法三五条及び人事院規則八―一二の六条に基づき、任命権者の権限として、その裁量権の範囲内で行ったものであり、適法かつ正当である。

(一) 現業国家公務員の勤務関係は、基本的には、公法的規律に服する公法上の関係であり、職員の配置換も任命権者の裁量によって行われる行政処分であるから、当該職員の同意を要するものではない。なお、郵政省の方針に基づき、芦屋郵便局においても毎年「勤務についての希望・意見」の提出を受け、希望に関する事情聴取を日常的に実施するなどしているが、これは人事管理を円滑に行うためであって、本人の同意を得るためではない。

本人の希望や同意がない限り配置換しないとの労使慣行もなかったし、原告を採用時に職種を貯金外務に限定したということもない。

(二) 本件処分の必要性

(1) 人事交流推進の必要性

近畿郵政局管内では、局内での各課職員の交流や他局間交流により、職員が郵政三事業の業務知識を総合的に身につけ、各事業のノウハウを事業間で活用し得る状況を作出し、能力主義に基づく適材適所の人事配置による勤労意欲の刺激高揚や職場の活性化を期待でき、相対的な業績向上、事業発展に寄与するなどの目的から、従来から、人事交流を積極的に推進し、職場の活性化等の業務運営上の必要に応じて適宜実施してきた。

(2) 芦屋郵便局貯金課の活性化の必要性

芦屋郵便局貯金課は、従来から職場に活気がなく、職務に対する取組意欲が欠け、新しい分野への取組が不足していたため、対目標推進率は近畿郵政局管内の普通郵便局平均を大きく下回り、業績不振が目立っていた。

そのため、同課では、平成三年度の基本方針として、郵便貯金の純増加額を確保するための重点推進項目を掲げて活力ある営業活動を展開して業績向上に向けて取り組むとともに、人事交流を実施して職員の勤労意欲を高揚させ職場の活性化を図る必要があった。

(3) 過欠員の解消の必要性

芦屋郵便局貯金課では、平成三年六月一八日付で同課外務の総務主任が主任に降任し、その後同年八月一日付で後任の総務主任が他局から転任により着任することになったため、同課外務職員が定員に対して一名過員となった。同じころ、同局集配課では、外務定員に対して一名欠員となるので、貯金課外務の過員と集配課外務の欠員の解消を図る必要があった。

(三) 原告を選定した理由

被告芦屋郵便局長は、右の必要性から配置換を行うこととし、以下の各事項を総合勘案して、その対象者として原告を選定した。

(1) 原告の経歴等

本件処分当時、原告の貯金外務の経験年数は約一七年に及んでおり、芦屋郵便局貯金課外務職員の中で最も長いものであったにもかかわらず、原告の営業成績は非常に芳しくなかった。一方、本件処分当時、同課外務職員には、原告のように長期間貯金外務を担当し他の職務職種を経験したことがない者は存在しなかった。

(2) 配置換先

職員の職種は、内務職、外務職等に分かれているが、原告は内務職への任用資格がなかった。

外務職のうち、保険外務は貯金外務と同様に営業に重点のある職務内容であるため、前記の人事交流の趣旨及び本人の経歴等からすると、営業成績の芳しくなかった原告の配置換先としては郵便外務が最も適切であった。

(3) 原告の健康状態等

本件処分当時、原告は四〇歳であり、本件処分直近の平成三年四月に行われた定期健康診断の結果では、原告は、生活規正区分が「健康者(平常の生活でよい者)」、医療区分が「健康(医師による直接又は間接の医療行為を必要としない者)」と診断されており、郵政職員として勤務する上で原告の健康状態には何ら問題はなかった。また、原告から貯金課長等に対して過去の交通事故歴や後遺症についての申出もなく、原告の平素の勤務ぶりからしても、原告を集配課に配置換することに健康上何らかの問題があると認識される状況ではなかった。

(4) 「勤務についての希望・意見」

毎年実施している「勤務についての希望・意見」は、職員自身が職種や勤務地についての希望や意見、健康状況などを記入して上司に伝えるもので人事配置の参考資料にもするものであるが、原告は、採用翌年以来、上司からの再三の催促にもかかわらず、これを一度も提出していなかった。

(四) 原告の不利益の不存在

本件処分前後の給与支給額を比較しても、生活給である基準内賃金については変動していない。基準外賃金についても、特に貯蓄奨励手当は、その職務の遂行に付随して支給されるものであるから、職務が変更されれば支給されなくなることは当然であり、本件処分により原告に経済的不利益が生じているとはいえない。

また、前記のとおり、本件処分当時、原告の健康状態に何か問題があると認識されるような状況ではなかったし、原告が担当することとなった集配業務は原告が主張するほどに過酷なものではなかった。

2  争点2について

被告芦屋郵便局長は、前記のとおり、業務上の必要性に基づいて本件処分を行ったものであり、原告の組合活動を嫌悪したり労働組合の弱体化を狙ったりしたものではない。また、本件処分は勤務場所の変更等を伴うものではなく、不利益取扱い(労組法七条一号)には当たらないし、同一局内での配置換であり原告の組合員としての立場や組合活動に対して影響を及ぼすものではなく支配介入(同法七条三号)にも当たらない。

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  本件処分は、昇任又は降任を伴わない外務職から外務職への配置換であるところ、配置換の要件については、関係法令上特段の定めはおかれていないのであるから、任命権者は、その裁量によって職員の配置換をすることができるというべきであり、配置換を行うに当たり当該職員の同意を要するとする法令上の根拠はない。

なお、芦屋郵便局では、職員から毎年「勤務についての希望・意見」の提出を受けたり、希望に関する事情聴取を日常的に行うなどして、人事異動を行う際の参考としていたが(〈人証略〉)、右の事実をもって、本人の希望又は同意がない限り配置換を行わない扱いがされてきたと認めることはできず、その他本件全証拠によっても、配置換は本人の希望又は同意のある場合にしか行わないとの労使慣行が確立していたと認めるには足りない。

2  職員の配置換は、任命権者の裁量によって行われるものではあるが、その裁量の行使に当たっては、配置換をする業務上の必要性の有無、当該職員選定の合理性の有無、当該職員にもたらす不利益の程度等諸般の事情を総合考慮すべきものであり、それらの事情に照らし、当該処分が社会通念上著しく妥当性を欠くものである場合には、当該処分は、裁量権を濫用した違法なものとなると解すべきである。

3  業務上の必要性について

(一) 証拠(〈証拠略〉、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件処分に至る経緯等について、以下の事実が認められる。

(1) 郵政省及び近畿郵政局では、昭和六二年に活性化計画を策定するなど、従前から、業績向上や職場の活性化を図るための施策を策定実施し、その一方策として、人事交流の積極的推進を掲げてきた。人事交流の趣旨、方針などは、右活性化計画の発表以降、職場ミーティングや業績研究会などの全体対話の際に各職員らに周知され、組合発行紙でも紹介討議されていた。

芦屋郵便局貯金課の平成二年度の業績は、特に比較的新しい分野について芳しくなく、定額貯金の新規預入、給与振込、国際ボランティア貯金については目標を達成したが、公共料金等の自動払込み、財形貯蓄、年金振替預入については目標を大きく下回り、平成二年七月に同課課長に着任した下向課長からみても、職場に活気がなく、目標達成意欲や新しい分野への取組意欲に欠ける状況であった。そこで、同課では、平成三年度の重点推進項目として、営業推進体制の再構築、新規開拓の積極的な展開、顧客管理の徹底、広告宣伝活動の効果的な展開を掲げ、それぞれについて具体的施策を策定して各職員に周知徹底したが、下向課長においては、更に職場を活性化する一つの方策として配置換をする必要性もあると考えていた。

(2) 芦屋郵便局貯金課では、平成三年六月に、貯金外務の総務主任二人のうちの一人が自己都合で主任に降任となり、総務主任の後任が他局から任用されることになったため、そのままでは貯金外務の人員が定員に対し一名過員であった。当時、総務主任の他局からの任用は、職場の活性化にも資するなどとして、一般的に行われていた。

(3) 平成三年六月に芦屋郵便局長に着任した小森局長は、同年七月下旬に、各課長らに対し、局全体の業績向上と活性化を図るため、人事異動を行う方針を告げ、候補者を選定するように指示した。

右指示を受けて、下向課長は、貯金課からの異動候補者として、原告を含む二名をリストアップした。

(4) 芦屋郵便局集配課では、平成三年八月一日付で第三班の主任一名が他局の総務主任に転出したため、定員に対し一名欠員となった。

(5) 小森局長は、平成三年八月九日、原告に対し、本件処分を内示し、同月一四日付で、本件処分を含む職員三名の人事異動を発令した。この際の異動は、保険外務から他局の保険外務への異動、郵便課から保険外務への異動、貯金外務から集配外務(第三班)への異動(本件処分)であった。

(二) 配置換をする業務上の必要性については、配置換それ自体は職員の法律上の地位身分の変動を伴わない平行異動にすぎないのであるから、当該配置換をしなければ業務運営上著しい支障が生ずるというような高度の必要性を要求するのは相当でなく、それが職員の適正配置、事業の効率的運営、職員の勤労意欲の高揚、業績の向上等に寄与するものであれば、これを肯定すべきである。

そして、一般的に、適材適所主義に基づく人事交流は、新しい職場への適性を認められて異動する職員の勤労意欲を高揚し、現職場への適性を欠くと判断されて異動する職員に心機一転して勤務する機会を与え、また、現職場に馴れマンネリ化した他の職員の意識感覚を改革し、新たなノウハウを活用しうる状況を作るなど、広く職員の勤労意欲の高揚等に寄与するものと考えられるところ、前記認定事実によれば、本件の貯金外務職員一名の集配課への配置換処分は、芦屋郵便局貯金課の業績が芳しくなく、業績向上及び職場活性化等の一方策として配置換も考えられていたことに加え、貯金外務の一名過員及び集配課の一名欠員という状況下でされたものであり、業績の向上、職員の勤労意欲の高揚や職員の適正配置等に寄与するものと認められるから、業務上の必要性を有するものと認めるのが相当である。

4  原告を選定した理由について

(一) 証拠(〈証拠略〉、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、配置換対象者として原告が選定された経緯等について、以下の事実が認められる。

(1) 本件処分当時、芦屋郵便局貯金課外務職員のうち、他の職種職務を経験したことがないのは原告のみであり、また、貯金外務の経験年数が最も長いのも原告であったのに、原告の営業成績は低位であった。同課外務職員のうち、原告よりも若かったのは一名のみであり、その職員の営業成績は原告よりも良かった。

本件処分当時、原告は四〇歳の中堅職員であり、異動によって何らかの支障が一般的に予想されるほど高齢ではなく、また、平成三年四月に行われた定期健康診断の結果では原告の健康状態には何らの問題もないとする診断がされており、日頃の貯金外務の業務を遂行するうえでも健康上の支障はなかった。

原告は、昭和六一年及び昭和六二年に業務遂行中に交通事故に遭い、いずれも公務災害の認定を受けた(ただし、それらの際は、治療等のため休業した約二週間分の補償を受けたのみであった。)ことがあり、その際の後遺症で冬の寒い時などに左足が痛み足を引きずって歩くようなこともあったが、原告自身としては、貯金外務の業務遂行に別段支障を感じたこともなかったので、左足の健康状態について、特に上司に報告したり、定期健康診断の際に言ったりしたことはなかった。原告は、郵政当局が職員の勤務に関する希望や意見、健康状態その他を聴取するため毎年職員に提出を求めていた「勤務についての希望・意見」と呼ばれる書面(〈証拠略〉)を、入局翌年以降提出したことがなく、上司から提出を催促されても提出していなかった。

(2) 下向課長は、貯金課の職場に活気がないのは、特定の職員が原因ではなく、業務取組に対する全体的なマンネリ化が原因であると考えていた。そこで、同課の職員の経歴、年齢、営業成績等を一覧表にしたリストを作成し、原告の職歴、営業成績、健康状態等の諸事情を考慮して、貯金課からの異動候補者として原告を選定した。同時に他の職員一名も選定したが、この職員は原告よりも高齢であった。

(3) 小森局長は、各課長らからの異動候補者選定についての報告をもとに諸事情を総合考慮し、貯金課からは原告を配置換することにした。同時期に保険外務職員一名が他局へ転任することになっていたため、原告の配置換先としては、既に欠員が生じていた集配課のほか保険課外務も考え得たが、小森局長や下向課長らは、保険外務の業務内容は貯金外務と同様に営業活動に重点があるところ、原告は貯金外務で営業成績が芳しくなかったことなどから、原告を集配課へ配置換することにした。

(4) 小森局長は、原告に対し、本件処分を、平成三年八月九日に内示し、同月一四日に発令した。原告は、左足の健康状態については、これまで業務遂行上支障を感じたことはなく、また、本件処分当時は、集配課の業務遂行上支障が生ずるなどとは予想していなかったので、右の機会に足の状態について上司らに訴えることはなかった。

(二) なお、本件処分当時の全逓西阪神支部(芦屋、西宮、西宮東、宝塚、三田の各郵便局の組合員で組織)の支部長で芦屋郵便局集配課に勤務する上野は、証人尋問において、本件処分前の原告の健康状態について左足が少し悪いように感じており、本件処分の内示のあった八月九日から組合内部で議論した結果、原告の集配課への配置換は原告の足の状態から無理であるとして、本件処分までの間に原告の集配課への配置換の変更を組合から当局に申し入れた旨供述しているが、右の供述自体具体性に欠けることに加え、原告自身は、本人尋問において、本件処分の内示や発令の際に局長や課長に左足に関することを告げていない旨供述しているところであり、また、芦屋郵便局の当時の大江総務課長及び下向貯金課長とも、証人尋問において、本件処分前に原告の左足の状態が悪いという認識はなかった旨証言していることに照らし、上野の前記供述を採用することができない。

また、(証拠略)によれば、平成四年八月に下向が原告に宛てた転任の挨拶状に「足の方が気掛かりです 大切に頑張ってください」との添え書きがされており、下向が原告の足のことを気遣っていることが認められるが、右挨拶状は本件処分の一年後の平成四年八月に差し出されたものであり、証人下向の証言によれば、右添え書きは、原告が集配課に配置換となった後の平成四年四月ころに原告の足が悪くなったことを知った下向が、転任の挨拶状にそのことを気遣って書き添えたものであることが認められ、右添え書きをもって、下向が本件処分前に原告の足の状態が悪いことを知っていたとすることはできない。

(三) 配置換は、任命権者の裁量によってされるものであるから、処分対象者の選定は、当該業務上の必要性に応じた合理的なものでなければならないものの、それ以上に、当該処分対象者として余人をもっては容易に替え難いことまでを要するものではない。

前記認定事実によれば、小森局長は、本件処分をするに当たり、原告の職歴、貯金課での営業成績、健康状態、過欠員の状況などの諸事情を総合考慮して、貯金課からの異動者として原告を選定し、その配置換先として集配課を選定したものであり、その際の考慮事情や判断過程からすると、原告を選定したこと及び配置換先を集配課としたことは合理的なものであったと認めるのが相当である。

5  原告の不利益について

業務上の必要性に基づく配置換であっても、それが対象職員に対し、当該処分に伴い通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるようなものであり、かつ、処分者において、そのような不利益を負わせることを認識し又は認識し得べくしてされた場合には、当該処分は合理性を欠く違法なものと解すべきである。

しかし、以下の理由により、本件処分は原告に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるということはできない。

(一) 本件処分は、同一郵便局内での平行異動であり、原告の法的地位、身分俸(ママ)給、勤務場所に何ら変化をもたらすものではない。

(二) 原告は、本件処分に伴い、貯蓄奨励手当の支給がなくなったために給与支給額が減少した旨主張する。

しかし、弁論の全趣旨によれば、郵政職員の給与制度上、郵便集配、貯金、保険の各職務内容によりそれぞれ基準外手当が異なるのであるから、配置換処分に伴い従事する職務が異なれば、給与額に変動が生ずるのは当然のことである。証拠上、原告が貯金外務に職種を限定して採用されたとは認められないから、原告がこれまで貯金外務に従事し、その職務内容に応じて貯蓄奨励手当が支給されていたことをもって既得権であるとか法律上の利益であるということはできない。実際の給与額の変動をみても、超過勤務手当を含めてみればほとんど増減はなく、また、超過勤務手当を除いてみても、本件処分前一年間は年間約六〇九万円であったのが本件処分後一年間は年間約五四五万円となり(〈証拠略〉)、約六四万円(約一割)減少したというにすぎないのであるから、右事実をもって、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益であるということはできない。

また、原告は、本件処分により、年間約二〇〇時間の超過勤務を余儀なくされた旨主張するが、集配課での原告の超過勤務時間は、年末年始の繁忙期を除くと月一〇時間程度である(〈証拠略〉、原告本人)こと、これに応じた手当が支給されること等に鑑みると、右事実もまた、配置換処分に伴うものとして、通常甘受すべき範囲内のものというべきである。

(三) 証拠(〈証拠略〉、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、集配課の業務は、貯金外務と比べて、区分け作業等の立ち作業が多いこと、一日に回る戸数が多く、単車や郵便物の重量を片足で支える回数も、単車の乗り降りの回数も多いこと、超過勤務が多いことが認められる。しかし、右のような集配課の業務としての原告の業務は、他の健康な職員よりも就労内容及び労働時間が特に精神的肉体的負担の大きい過重なものとまでは認められないのであるから、職務内容の変更に伴うやむを得ないものであり、通常は原告において甘受すべきものというべきである。

(四) 他方、証拠(〈証拠略〉、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和六一年と同六二年に交通事故に遭い、左大股部挫創等(昭和六一年)、両足関節部打撲等(昭和六二年)の傷病につき公務災害補償を受けたこと、その際の治療は二週間程度で終了したが、その後遺症のため、冬の寒いときなどには左足が痛み、左足を引きずって歩くこともあったこと、本件処分当時原告が配置された第三班は集配課の中でも比較的業務量が多い状況であったこと、原告は平成三年秋ころから左足付け根に痛みが走るようになり、班長らにその旨訴えたこと、同僚職員や班長、集配課長らの配慮により、平成四年四月に比較的配達が楽な第四班へ班換えされ、平常勤務ができていたこと、同年七月には左変形性股関節症と診断されたが鎮静剤を服用しながら業務を続けていたこと、その後平成七年一月の阪神・淡路大震災後に生活が不規則となったり、芦屋郵便局休憩室に泊まり込むなどして交通環境の悪化した中を集配業務に従事したりしていたところ、左足の状態が悪化し、同年六月には左大腿骨頭壊死の疑いにより二週間の安静加療要と診断され、同年一一月には両変形性股関節症にて加療中であり病状の進行予防のため事務職への転職が望ましいと診断指導されたこと、しかし、病休をとったり鎮静剤を服用したりしながら集配業務を続けていたこと、平成一〇年初頭からは右足股関節部にも痛みを覚えるようになり、同年二月には両側大腿骨頭壊死により一週間の休業加療要と診断され、同年三月には二か月の入院加療要と診断されて右足大腿骨頭部を摘出して人工関節に置換する手術を受けたこと、右手術に際して、左足は症状固定しているが、長期間に渡り不自由な左足をかばってきたために右足にも負担がかかり壊死が進行して変形しているため手術が必要と説明されたこと、現在は休業しながら通院と自宅療養で日常生活に戻るリハビリ等を続けており、今後は就業後も定期的な通院が必要であること、原告は、これらの診断結果や医師の指導内容等につき、本件訴訟に至るまで、上司らに報告したことはなく、勤務軽減措置を求めたこともなかったことが認められる。

これらの事実からすると、原告は、公務災害時の傷病の後遺症により、もともと左足が悪かったところ、本件処分後集配業務に従事するうちに左足の状態が悪化したものということができる。しかし、左足の状態が更に悪化し、右足大腿骨頭部の手術を受けるほどまでに至ったことについては、震災の影響も考えられるうえ、その間上司に報告して勤務軽減措置を受けるなどせず自ら健康管理を怠ったとみられる面もあり、原告の症状の悪化と集配業務への配置換との間に因果関係があることが明らかとはいえない。

また、小森局長らにおいて、本件処分当時に、原告の左足の状態が悪いことを認識し又は認識し得るものでも、本件処分により原告の左足の健康状態を悪化させる結果となることを予見し得るものでもなかったと認められるのであるから、本件処分後の原告の足の状態の悪化という結果のみを捉えて、本件処分が社会通念上著しく妥当性を欠く不合理なものであったということはできない。

6  以上によれば、本件処分は、業務上の必要性に基づく合理的なものと認められ、被告芦屋郵便局長が裁量権を濫用してした違法なものとは認められない。

二  争点2について

証拠(〈証拠略〉、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は入局以来全逓信労働組合に所属し、芦屋郵便局貯金課における組合活動において中心的存在であり積極的に組合活動を行ってきたことは認められるが、前記のとおり、本件処分は業務上の必要性と合理的な選定に基づき行われたものであり、原告の行ってきた組合活動のゆえにされたものとも、組合の弱体化を狙ったものとも推認することはできないうえ、郵便局における組合活動は、貯金課、保険課よりも郵便課、集配課の方が主力である(原告本人)ことや、本件処分は同一郵便局内での配置換であり、原告の組合員としての立場や組合活動にさしたる影響を及ぼすものではないことに鑑みると、本件処分が、組合活動を理由としたものであるとも、支配介入であるとも認めることはできないし、その他これらを認めるに足りる証拠もない。

三  結語

以上のとおり、本件処分は、裁量権を濫用してされたものでも不当労働行為に該当するものでもなく、適法にされたものであって、原告の本件処分の取消請求(甲事件)及び本件処分が違法であることを前提とする損害賠償請求(乙事件)は、その余の点を判断するまでもなくいずれも理由がないから、これらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成一〇年五月一五日)

(裁判長裁判官 森本翅充 裁判官 徳田園恵 裁判官 田中俊行)

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